崎枝に降る星(上)

ほんかー

2010年11月18日 01:02


ハンドブレーキを軽く握りながらセルモーターを始動させる。
4ストロークの静かなエンジン音。
シート下の収納ボックスには、CB(コールバック)装置、
ハンドライトなどのシロアゴガエル調査道具を詰め込んだ。

シロアゴガエル第2次調査が始まっている。
今回から、トラップチェックも調査のひとつに付け加えられた。

石垣市街地の外れ。
夏の調査で、重点エリアに指定された集水枡とその周りのブッシュ、合計5ヶ所にトラップが仕掛けられた。

全長50cm、直径15cmほどの塩ビ製パイプがトラップだ。
パイプは上部と受け皿となる下部とを径違いで差込み、
抜き差しが可能になっている。下部には水が溜まる仕組みだ。
上下2本のパイプのジョイント部分は、径の太いパイプで被せるだけの単純な構造にしてある。
このパイプを上から覗きこみ、シロアゴガエルが罠にかったかどうかを調べる。
もし、かかっていれば上部パイプを抜き取り、捕獲する。
集水枡の中のトラップもブッシュの木の枝に仕掛けられたトラップも、全て立て掛けてセットしてあった。
シロアゴガエルの指は、細くしなやかで器用そうな手をしている。
彼らは木登りも上手く、樹上に泡状の卵塊を産みつけることもあるのだ。
その習性を利用するわけだが、
残念ながら今のところ成果はない。


夜の名蔵湾を左手に眺めながら、崎枝半島へバイクを走らせる。
11月に入って雲に被われる日が続いていたが、この日は違った。
上弦の細い月と湾に浮かぶ漁火の煌めきが綺麗だ。
風を受けながら駆る体に、冷えを感じる季節になった。
海伝いに緩やかなカーブを繰り返す県道。
構わず、スロットルを開けた。


夏の調査では、赤土に塗れた底原(そこばる)ダム南側のパイナップル畑だったが、今回は難なく調査を済ませることができた。
あれほど苦しめられた夏のブッシュだったが、台風と大雨のせいだろう。
すっかり朽ち細っていた。
夏には撓った鞭のような力を見せつけていたが、今では反発する力もなく、簡単に折れた。
農道ではカエルの大合唱に代わって、秋の虫たちが闇夜の演奏会を開いている。
ベッドランプが夜露を照らしたかと見紛うが、淡く小さな灯火を見せるホタルも夏ほどではないがまだいる。

夏の深い緑の世界から、茶褐色に支配されつつある農道やブッシュをCB装置を鳴らしながら歩く。
ベッドランプとハンドライトの明かりだけが頼りなのは、
何も変わっちゃいない。

枯れ枝を踏み割った音が、漆黒の闇に響いた。
その音に思わず全身が動けなく強張ってしまっている。
正直に言おう、縮み上がっていた。
背後からまた別の音。
素早く振り向き、音の出処にライトを向けた。
驚いた野ネズミが、転がるように跳ね飛んで行くのが見えただけだった。

11月になって、明らかに草叢の色が変わっているのがわかる。
夏には出会わなかったハブの保護色に、辺り一帯が染まりだしていた。
苛立ったハブにはお目にかかりたくはない。
一層足音を立てて調査ポイントを後にした。
崎枝に急ごう。