2010年09月08日
島の男たち~栄光の赤土~前編
その細い農道は、たっぷりと水気を含んだ夏草が覆い被さるようにして茂っていた。
「シロアゴガエル」生態分布調査。
地図に記されたチェックポイントは、
舗装された道ばかりとは限らない。
目指すは底原ダムの南側。
県道から逸れて農道に車を乗り入れる。
農道からはまた別の農道に枝分かれしてゆく。
この枝道が曲者だ。
轍のあちこちで雨水が溜まっていて避けようがない。
道は辛うじて残された轍痕が頼りだ。
轍の真ん中には50cmほどに伸びた雑草が、びっしりとセンターラインのように続く。
枝道に差しかかる度、車を停め、地図を見直す。
轍の間の雑草を、きれいに刈り取る要領でハンドルを切って進んで行く。
アクセルペダルのすぐそばで、なぎ倒されては跳ね返ってくる草の音が、振動となって伝わってくる。
轍を踏み外してはならない!
漆黒の闇。
目に見える物は、なぎ倒されてゆく雑草とその先にある亜熱帯の樹林だけだ。
二駆のスバルサンバーを注意深く走らせる。
ボディの底から泥水と雑草を跳ね上げる音が響いてくる。
カーステレオのウルフルズは聴こえない。
地図通りに来ているはずだ。
名もないような、小さな川に沿って進んでるはずだ。
この先、右へ緩くカーブした出口にチェックポイントは、有る。
少し登り勾配になり、ヘッドライトから雑草が消えた。
堤の上だ。足場は舗装されていた。
左手に川の瀞のような淵が現れた。
ここがチェックポイントだろうか?
地図ではこの川の対岸にも細い農道があり、橋が架かってるはずだが?
サンバーを降り、つば付き帽にヘッドランプを取り付け、
辺りの様子を確かめに歩きだした。
エンジンとヘッドライトは切ってきた。
ここがチェックポイントかも知れないのだ。
「シロアゴガエル」に余計な刺激は与えたくない。
ヘッドランプの周りで羽虫が狂ったように飛び散る。
ゴーグルがあった方が良かったかも知れない。一人ごちた。
ヘッドランプの角度を上に持ち上げ、対岸を照らし出す。
頭をゆっくりと上流の方へ、パーンさせてゆく。
この先に橋など見当たらない。
ポケットからzippoを取り出すとショートホープに火をつけた。
「ティン」と少しくぐもった音が、手の中だけで響いた。
コイツとも随分いろんな所へ旅をした。
オイルの焼けた匂いをさせたまま、zippoをポケットにしまい込んだ。
吐き出した紫煙の先、川岸へ下りてみる。
舗装されてる?
ヘッドランプを足元から川面に移す。そしてそのまま対岸まで振り込んだ。
ほんの4~5mほどの川幅だ。
橋というものは、橋脚があり欄干があるものだと思い込んでいた。
ここは、流れ橋なのだ。
川の水かさが急激に増したために、橋が飲み込まれていたのだ。
間違いない。
瀞だと思っていたここが、チェックポイントで合っていたのだ。
コールバックのセッティングを始めようと車に戻る。
「グギッ・・ゲッ・・グゲッ」
いた。「シロアゴ」だ。
堤のすぐ下の畑からだ。一匹。いや、もっといる。
堤の先。樹木側からも。
川辺からは鳴き声は聞こえない。
増水の影響でもあるのだろうか。
調査票に聞こえた方角を矢印で書き示し、
このポイントの終了時間を書き入れた。
21時47分。
悪くない。
途中、道を見失いかけたが、予定通りの順路で来ている。
バインダーに挟んだ調査票の上に、地図を広げる。
ヘッドランプをスポット光に切り替えた。
次のポイントまでは、毛細状の農道が待ち受けている。
この夏草の背丈だ。農道の入り口を隠しているかも知れない。
枝道はまた悪路になっているのだろう。
だが、とにかく、12時の方向へ進めばいい。
これが片付いたら、ダムに沿って西へ走り、
県道へ出れば、あとは帰るだけだ。
右左と緩いカーブを切り返す。
この先はY字に分かれ、地図では道なりに左側へ行けばよかった。
風向記号のように横にはびこる枝道には見向きもしない。
地図の図柄は頭に入ってる。
道が狭まって来た。
いや、両脇の夏草が猛威を振るって農道を飲み込んで来ているのだ。
サイドウインドーにも音を立てて葉先を撃ちつけてくる。
天井からも引き摺るような音。
ワイパーが、ドアミラーが、細く長い葉を喰いちぎった。
フロントガラスに容赦なく水滴が叩きつけられた。
まるで夏草のトンネルに突入したかのようだ。
この道で合ってる?
だが今は余計なことは考えたくない。
ルームミラーに見える後方は、もはや夏草の闇。
前方は遮られているが、地面だけは、わかる。
バックするわけにはいかない。
長くはない筈だ。地図を思い起こせ。
一瞬、開けたところへ出た。
急な上り坂だった。
これを登り切れば分岐点だ。
あと少しだ。
アクセルを踏み込んで登って行く。
その時だった。
ステアリングの向きと車体の挙動がおかしい。
ホイルスピン?
登り切れない?
ここまで来て?
この道をバックでまた引き返すことの方が至難だ。
一旦、スバルサンバーを登り傾斜の立ち上がりまで戻す。
オートマチックの後輪駆動の二駆だ。
道は朽ち落ちた亜熱帯の草葉がびっしりとへばり付いていた。
ロウレンジに入れ、アクセルを踏み込んだ。
登りきるんだ!
助走をつけ、一気に。
唸りをあげてサンバーが駆けて行く。
スピンを起こした所は踏み越えた。
いいぞ。
サンバー、そのまま乗り切れ!
次の瞬間、すっと抵抗がなくなった。
エンジンの抜けるようなカン高い音。
タイヤはその場で空転し、嫌な音をたてた。
しまった。
すぐにアクセルペダルを離し、フットブレーキを踏んだ。
慌てるな。もう一息だ。
雪山を思い出す。
ガチガチにステアリングを握らない。
エンジンの回転数に気をつけろ。
オートマチックだが、そんなことはどうだっていい。
サイドブレーキを目一杯引き上げた。
道幅いっぱい使って斜めに登るんだ。
ハンドブレーキのレバー操作でアクセルのオンオフに合わせる。
ぐいぐいと。ぐいぐいと。
駆動輪がロックするギリギリのところで路面を掴まえろ。
サンバーが横に振られた。
慌てずステアリングを逆に切って、カウンターを当てる。
濡れ草を蹴散らせて路面をグリップした。
いいぞ、サンバー!
アクセルを踏み込んだ。
一気にトンネルを飛び出すと嘘のように視界が開けた。
月の姿は見えないが、山の稜線のシルエットがくっきり見える。
目の高さから宙にかけて、星が幾つか見てとれた。
辺り一帯がパイナップル畑だった。
緩やかな丘陵地帯。
均等に並んだパイナップルの新株が、星の雫を静かに浴びていた。
後編へ
次回、いよいよ感動の(?)完結篇!
長く引っ張っちゃったなぁ。
今回も写真は無しです。
この調査で出会った生き物たちのショットは、
また別の機会に!
こちらも乞うご期待。
Posted by ほんかー at 15:06│Comments(6)
この記事へのコメント
いいねえ。絶好調やねえ。思わず入ってしまいました。
農道は昼間でも分からなくなることがある。
開けた土地ならいいが、中山間地の枝分かれした農道は厄介だね。
しかも夜の闇のなか……よく行きましたなあ。
あまり通行されない農道というのは、
本州では横から侵略してくる草という場合が多いけど、
九州から南の島嶼部では地を這うように伸びてくる蔓状のもの、
そして横から、さらに上部から覆い被さるものなど、
実に多彩な攻撃をしてくるように思う。
その草隧道をスバルサンバーが駆け上り、抜けたのですね。
ここはぜひとも四駆のマニュアル車にして頂きたい(そんな簡単には無理か)。
底原ダムをストリートビューで見たが、きわめて整備されたエリアですね。
だが、その南のあたりの農道部は色濃そうな感じがします。
カエルくんはこういうところにいるんだね。
後編、楽しみだ。
農道は昼間でも分からなくなることがある。
開けた土地ならいいが、中山間地の枝分かれした農道は厄介だね。
しかも夜の闇のなか……よく行きましたなあ。
あまり通行されない農道というのは、
本州では横から侵略してくる草という場合が多いけど、
九州から南の島嶼部では地を這うように伸びてくる蔓状のもの、
そして横から、さらに上部から覆い被さるものなど、
実に多彩な攻撃をしてくるように思う。
その草隧道をスバルサンバーが駆け上り、抜けたのですね。
ここはぜひとも四駆のマニュアル車にして頂きたい(そんな簡単には無理か)。
底原ダムをストリートビューで見たが、きわめて整備されたエリアですね。
だが、その南のあたりの農道部は色濃そうな感じがします。
カエルくんはこういうところにいるんだね。
後編、楽しみだ。
Posted by セルジオ at 2010年09月08日 15:34
「かえるとり はじめました」
雨蛙でも飼うのかな?って思ったらすごいサバイバルなことやってる!
スピード感のある筆致と描写のキレの良さ、読ませますね〜。
「シロアゴガエル」ってどんな蛙なんだろう。
熱帯魚屋に行くと爬虫類コーナーで蛙やトカゲを観察します。
好きなのは「シンチャンロックアガマ」。かわいいよ〜。(^.^)
蛙やトカゲはすごいところ(人間が住まないところ)で生きているんだね。そこに入っていくほんかーさんはやっぱサバイバーやね。
後編と写真、楽しみにしています。(^-^)/
雨蛙でも飼うのかな?って思ったらすごいサバイバルなことやってる!
スピード感のある筆致と描写のキレの良さ、読ませますね〜。
「シロアゴガエル」ってどんな蛙なんだろう。
熱帯魚屋に行くと爬虫類コーナーで蛙やトカゲを観察します。
好きなのは「シンチャンロックアガマ」。かわいいよ〜。(^.^)
蛙やトカゲはすごいところ(人間が住まないところ)で生きているんだね。そこに入っていくほんかーさんはやっぱサバイバーやね。
後編と写真、楽しみにしています。(^-^)/
Posted by shige at 2010年09月08日 23:33
なんか・・・むかつくっ!
キンめ、もぅ入っちゃってるもんね。
こうなったら、
とことん書き続けてほしいもんやね。
大人のハードボイルド冒険童話。
キンめ、もぅ入っちゃってるもんね。
こうなったら、
とことん書き続けてほしいもんやね。
大人のハードボイルド冒険童話。
Posted by fatfat at 2010年09月09日 08:11
>セルジオさん
そうなんです。昼間見る底原ダムは整備された遊歩道があったりで、市民の憩いの場。緑の美しい所なんだよね。昼間は。
夜、近寄ってはいけない(笑)
>shigeさん
本職の作家さんから褒められた〜♪
私、褒められて伸びるタイプなんです。伸び代はもうありませんが(笑)
シロアゴガエルの成体は、まだ見た事ないですが、可愛い感じです。
http://www.seabeans.net/frog.html
http://www.nat-museum.sanda.hyogo.jp/education/frog/top.html
装備をきちんとしていくと、案外そういった所にも入って行けるもんですね。
サブカメラも持って行ってるし。
>fat師
ホンマ昼間見たら、どぉってことない所やねんけどなぁ(笑)
闇に対する人間の感情や感覚は、殊に過剰になるようで・・・
「大人の冒険童話」。
最大の賛辞と受けとめた。
これが、惨事とならねば良いのだが・・・
次号、完結篇を待て。
(終わらなかったら、ごめんちゃい)
そうなんです。昼間見る底原ダムは整備された遊歩道があったりで、市民の憩いの場。緑の美しい所なんだよね。昼間は。
夜、近寄ってはいけない(笑)
>shigeさん
本職の作家さんから褒められた〜♪
私、褒められて伸びるタイプなんです。伸び代はもうありませんが(笑)
シロアゴガエルの成体は、まだ見た事ないですが、可愛い感じです。
http://www.seabeans.net/frog.html
http://www.nat-museum.sanda.hyogo.jp/education/frog/top.html
装備をきちんとしていくと、案外そういった所にも入って行けるもんですね。
サブカメラも持って行ってるし。
>fat師
ホンマ昼間見たら、どぉってことない所やねんけどなぁ(笑)
闇に対する人間の感情や感覚は、殊に過剰になるようで・・・
「大人の冒険童話」。
最大の賛辞と受けとめた。
これが、惨事とならねば良いのだが・・・
次号、完結篇を待て。
(終わらなかったら、ごめんちゃい)
Posted by ほんかー at 2010年09月09日 10:35
情景描写いいですね~景色が頭に浮かぶようです。
個人的にはZIPPOの辺り。闇と光、煙と匂い、五感をくすぐられるようで好きです。またちょくちょく遊びに来ますね。
それはそうと石垣ではお世話になりました~また何かあったら連絡しますね、今後ともよろしくお願いします!
個人的にはZIPPOの辺り。闇と光、煙と匂い、五感をくすぐられるようで好きです。またちょくちょく遊びに来ますね。
それはそうと石垣ではお世話になりました~また何かあったら連絡しますね、今後ともよろしくお願いします!
Posted by matsui at 2010年09月12日 14:55
>早稲田matsui君
40日間の八重山暮らし。
きっといい旅だったと思えるはずだ!
君と出会えた事は、僕にとってウレシイ出来事でした。
徐々に都会の時計に身体(と頭)を戻していってください。
そして何年後かに、石垣で手伝ってくださいねぇ。
ボチボチやってますから、また覗きに来てください。
40日間の八重山暮らし。
きっといい旅だったと思えるはずだ!
君と出会えた事は、僕にとってウレシイ出来事でした。
徐々に都会の時計に身体(と頭)を戻していってください。
そして何年後かに、石垣で手伝ってくださいねぇ。
ボチボチやってますから、また覗きに来てください。
Posted by ほんかー at 2010年09月12日 17:20