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2010年09月13日

~栄光の赤土~ 中編


背中に厭な汗をかいていた。
もし、あのまま緑の底のトンネルを脱出できなかったら…

サンバーを降りて、少し外の空気を吸おう。
どのみちカーエアコンなど効いていなかったのだ。
外に出て、風にあたってる方がよっぽどいい。
それにしてもどうだ!
この星空は!
ここからだと街の明かりも県道を照らす数かな外灯さえも、
一切感じられない。
そればかりか、ダムの人工的な照明も見渡す限り見当たらない。
サンバーのイグニッションを切った。
静かだ。
丘を渡る風の囁き。
カエルの鳴き声。
熱低は逸れたか。
雨水をたっぷり吸った赤土が、歩くたびに長靴の底で膨らんでいくのも可笑しかった。

星は詳しい方じゃない。
さぞ大きな星座が今、眼の前にあるのだろう。
星の輝きの大きさで一等星や二等星などがあるのは小学校で習った。
理科の授業。
何年生だか、きっと夏休み前の頃だろう。
今思えば素敵なことを教わっていたのだと思う。
そして今の俺には、それが4段階にも見分けることができた。
今度少しは天体のことも勉強してみるか。
こんなことを思うのも、この島に来てからのことだ。

首に巻いたタオルを外すと、襟元からすっと汗が気化していくのがわかる。ひと時の爽快感。
背中の辺りは気持ちの悪い汗でいっぱいだったのに。
危機を脱した達成感?
いや、そんなことじゃない!
この風景に圧倒されてる!
夜空にくっきりと記された山のシルエット。
幾何学的に描かれた畑の畝とパイナップルの新株。
モノトーンの配色だが、美しい曲線のストライプでデザインされた丘陵地帯。
今、裸眼に映し出された神秘的な照度の世界に、
只々動けなくなっている。


進もう。
シロアゴガエルのチェックポイントを地図で確認する。
難関は切り抜けたと。
Y字路も通過した。
そして、眼の前に広がるパイナップル畑。

違う!
これじゃ、風向記号の真っ只中にいる!
どこだ?
戦慄が走る。
あのY字か?
地図で描かれた道なりの道。
ドライバー目線とトンネルを脱した瞬間のステアリングの向き。
ああ、あの時、動物的に反射してしまったのだ。逆の道を!

大丈夫だ。
引き返すとしても、もうあの闇の中へは戻らずに済む。
Y字を左にとればいいんだ。
この農道のどん詰まり、パイナップル畑の角に広いスペースができている。
そこで車の向きを変えればいい。
長靴から伝わるアクセルペダルの感覚が重く鈍くなっていた。
しかし、視界は広い。
雑草など無い綺麗な農道。
パイナップル畑の真ん中を走ってるイメージ。

赤土。
路面に照らし出されたヌラヌラとした艶。
さっきまでとは道の質感がまるで変わった。
ここ数日の雨で大量の赤土が流れ出し、農道を飲み込んだのだ。

ここでスタックするわけにはいかない!
流れた?
ステアリングが軽過ぎる。
アクセルを離した。
余計に車はスライドする。
不味い!
何とか立て直して、車を停めた。
農道と畝の境目。
本来あるべき段差が、堆積した赤土によって真っ平らになってしまっている。
まるでコンクリートを流し込んだように。
サンバーの左前輪が、このトラップに掛かってしまったのだ。

ギヤをリバースに切り替えた。
ハンドブレーキを噛ませながら静かにアクセルを開いていく。
手応えが無い!
柔らか過ぎる!
サンバーの車体が少し低くなったような気がした。
確かめよう。
ドアを開け、降りた。
すぐさま違和感。
足が抜けない?
もがきながらもサンバーの足廻りを調べた。
天を仰ぐしかなかった。
左前輪は完全に堆積した赤土の餌食となっていた。
後輪はまだ農道の上にある。
待てよ!
スバルサンバーは後輪駆動だ。
オートマチックの軽自動車!
トルクのあるリバースギヤに入れたまま、前から押せば!

人間の行動は時に可笑しなことをしでかす。
一度押しただけで阿呆らしくなってやめた。
どうなるもんじゃない!
もうこれ以上、抗っても無駄だ。
座礁したサンバーの助手席から、デイパックを引っ張り出した。
iPhoneのアンテナは辛うじて1本。
コンパスを起動させて、現在の向きを知る。
何てことだ!
あのトンネルを出た時に知るべきだった!
GPSを起動させる。
検索中…圏外?
待てよ、待ってくれよ!

めり込んだ長靴を交互に抜きながら、路面の確かな所まで戻った。
振り返ると白いサンバーがヘッドランプの先で途絶えていた。
何とかする。何とかするぞ、サンバー!
少しだけ高台に出たせいか、iPhoneの圏外が消えていた。
気紛れかも知れない。
直ぐに、電話に切り替えて緊急連絡網に発信した。
2コール、3コール、4コール目を待った。
カシオGショックを目の前に翳した。
時計はまだ10時を越えたばかりだ。
「もしもし、おつかれさま~」
能天気な声が返ってきた。
そりゃそうだろう。
こんな夜更けに、人っ子一人いない所に、しかも、いい大人がだ。
農道の真ん中で、立ち往生してるとは誰も思いもすまい。

状況を手際良く話した。
もちろん、ダメージは無かったことも。
ここからの対応は素早かった。
四駆の調査員を探すので折返し連絡を待つように、と。
シロアゴガエル調査員の担当エリアは予め決まっている。
iPhoneのアンテナが安定する所を探りながら歩く。
長靴は軽くなっていた。
石灰石を砕いたものだろうか、砂利がしっかりした所で腰を下ろした。
デイパックからテルモスを取り出して、冷えたサンピン茶を喉に流し込んだ。
出掛ける前に、たっぷりと氷をブチ込んで来た。
これで落ち着いた。
連絡を待とう。
今は待つしかない。
もう一杯分だけ、テルモスの蓋にサンピン茶を満たした。
少しづつ口に含むようにして飲んだ。
もしかしたら、今晩ここでビバークしなければならないのだ。
半分、腹は決まった。
サトウキビ畑だとハブも怖いが、ここはパイナップルの株と赤土しかない所だ。
ヤツも襲っては来ないだろう。
そう思うと気分も楽になった。
今晩ここで何して過ごそう、そう考えてる自分が不思議に可笑しかった。
ポケットを探る。
紫煙を味う。
吸い慣れた味。
ショートホープのこのキック力が嬉しい。


手に持ったカップを眺めた。
このテルモスは、一緒によく山登りに行った友人から貰い受けた物ではなかったか。
彼とは冬の六甲でキャンプ中、あの震災に遭った。
1995年、1月17日。
忘れられない。
二人で壊滅状態の三宮まで下山して、そこから彼は東へ向かう。
西宮にある彼の自宅まで、崩れ落ちた高速道路の惨状を間近に見ながら歩き通した。
俺は西へ向かった。
火に包まれて弾き出された長田の人々の傍を、その場から逃げるようにしてひたすら西区の自宅まで歩き切ったのだ。

何故こんなことを思い出す?
わからない。
畑の向こうからサキシマヌマガエルの合唱が始まった。



Posted by ほんかー at 02:07│Comments(7)
この記事へのコメント
完結編読んでから感想書くぜ!
Posted by 石田旦那の方 at 2010年09月13日 09:25
>石田旦那の方さん
なんか勿体つけてというか、ワヂワヂさせてすんません。
次号、完結です。
また感想など聞かせてくださいねぇ。
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月13日 10:01
意外というか、ギャグのような展開。

しれっとハードボイルドこいてるけど、
要は、慣れんとこ走って、脱輪したちゅーこと?!
Posted by fatfat at 2010年09月13日 12:17
>fat師
こりゃまた手厳しい!
っちゅうか、仰せの通り。
けど、脱輪とはまた違うんだけどね。

「道を踏み外す時」
そこに誰が居るか。。。
俺はツイてるのかもなぁ。
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月13日 12:47
こっちは、
はなから道はずしてるっちゅーねん。
そこに居るんは、
50すぎのどーしようもないオッサンだけや。

オチはしっかりつけてもらうで!
Posted by fatfat at 2010年09月13日 13:39
シロアゴガエルの鳴き声を聞き分けるのはそうとう難しいんじゃない?
聞き慣れたヒキガエルやトノサマガエル、アマガエルだったらなんとなくわかりそうだけど、聞き慣れない声は難しそう。
オオヒキガエルの声も珍しいね。アイドリング中〜、って感じ。(^.^)  本州にはいないのかな。
カジカはやっぱり綺麗やね〜。
「カエルのなきごえをきいてみよう」でしばらく和んでいました。

サンフランシスコの山奥に住んでいたときも、星があまりにも多くてどんな星座なのかさっぱりわからなかった。冬にオリオン座はわかったけど、子どもの頃にみたのよりずいぶん小さくて戸惑ったんです。きっと、空の大きさが違うのよね。町中の屋根が込み入った空とは全然違う。石垣の夜空も大きいんだろうね。
私は夜中に仕事するときは窓のカーテンを開けて、月が東から西に移動するのを見ています。地球も月も動いているんだなぁって実感します。(^.^)
自分から闘いには挑めないところが軟弱ではありますが。(^_^;
Posted by shige at 2010年09月13日 23:41
>shigeさん
石垣島でも町中に住んでいると、夜空の奥行きって浅く感じますね。
でも今日、朝から船に乗る機会があって、石垣島を離れた所(海上)から見ていると、海・空、その中間に島。という感じでした。上手く説明できないけど、水面に浮かべた小さい島の上に、青いボウルを被せたような・・・陸地の上は全部「空」、そんな風に見えました(笑)
この昼間の頂上部、チベットブルーになっているヌケの良さ。夜になると、きっとこの部分に天の川が現れるんだなと、そんな気にさせられました。
夜、邪魔な明かりが入らない所。
海の上やカエルのたくさんいるところ。
石垣にはこういった場所が、まだまだありますよ。
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月15日 22:51
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