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2010年09月28日

島の男たち~栄光の赤土~終章

明石(あかいし)集落。
テツの牛舎。

「午前中で良ければ、ウチで洗えばいいさァ」
俺は、牛舎の圧水ホースで吹き飛ばしていた。
赤土塗れになったスバルサンバーのあの忌々しい泥を。
夏の陽射し。
水飛沫が顔に、Tシャツに、跳ね返る。
見る見る剥げ落ちる泥。
爽快だ。気持ちいい!
ビショ濡れだって、構いやしない。
この天気だ。どうせすぐに乾く。


テツに今朝生まれたばかりだという、仔牛を見せてもらった。
傍にいる母親は、まだ胎盤を引き摺っていた。
3時間前に生まれたところだと、テツが嬉しそうに話してくれた。
3時間前?
テツはゆうべ殆ど寝ずに、出産に立ち会っていたことになる。
昨日の時点で、出産は分かってたはずだ。
何という男だ!

「ここにいる仔牛の全部は、俺が父親さァ」テツは愉快そうに笑った。
なるほど受精させて、子供を産ませる。
立派なお父さんだ。違いない。
せっかくだからと、
子供がなかなか出来ない雌牛に、裏ワザで妊娠させる! という種付け師の「仕事」を見せてもらった。
生まれたての仔牛を見るのも初めてだったが、「仕込み」を見るのも当然、人生初のことだった。


テツは午後から畜産の青年会の会議があると言うので、パリッとした格好に着替えてきた。
今期の会長に就いてしまったから仕方がないんだと、少しはにかんだ笑顔が男前だった。
「後は、親父がいるからさァ、ゆっくりしていけばいいさァ」とテツは父親を紹介した。
小柄な人だが、無駄な贅肉が一切無く「この腕で、牛もテツもこさえてきた」と笑いながら迎えてくれた。
テツの笑顔は父親譲りなんだ。

ここ石垣北部の明石(あかいし)地区は、沖縄本島からの移民の集落だと教わる。
石垣でも珍しいエーサー祭りは、明石のエーサーがその望郷と先祖供養を行う祭りであったことを思い出す。
ここは父親の代からの牛舎で、テツは「タダで貰おうと思ってる」と豪快に笑って出かけて行った。


電話があったのは、サンバーもようやく元の白さを取り戻した頃だった。
シロアゴガエルの調査会社からで、「パイナップル畑の現場に案内して欲しい」という内容だった。
保険のカラミなどもあるのだという。
俺は何であれ、朝イチにマタさんとは連絡を取り合っていて、地主さんがわかったら一緒に現場へ出かけるつもりでいたのだ。
何だか大袈裟なことにならねば良いが。

福岡から、部長なる男が文字通り飛んで来た。
沖縄本島勤務の若い男も一緒だ。
まず状況を説明して欲しいと言うので、ありのままを伝えた。
シロアゴガエル調査中に、道を間違えてパイナップル畑の農道でスタックさせてしまい、助けに来てもらった。
自分の車は出せたが、その結果、救助に来た四駆が畑に嵌ってし
まった。
もう1台、調査中の四駆を呼んで何とか脱出することができた。
その際に、パイナップル畑をかなり痛めつけてしまった、と説明した。
地主さんが分かり次第、出向くつもりだということも付け加えた。

そこまで聞くと、
メモをとっていた部長が「安心しました。福岡に入って来た情報では大惨事になってたもんですから」と穏やかな表情で顔を上げた。
実は、自分も現場やってた頃に、調査中田んぼに車ごと落ちたことがあってと、思い出話を楽しそうに喋り出した。
案外、いい人?
俺やマタさんにまでペナルティが科せられるなら、徹底的に闘うつもりでいたが。
現場叩き上げの部長で良かった。
部下にとってどうなのかは、詮索しないでおこう。


昼間見るパイナップル畑は、レンガ色のキャンバスに濃い緑で美しい曲線が立体的に描かれていた。
夕方とはいえ、太陽の直射はチリチリと強かった。
調査会社の部長とその部下は、俺の忠告通り、買って来た長靴に履き替えている。
俺はすぐに洗えるように島サンダルだ。
彼らはメジャーと測量棒を使って写真を撮り始めた。
俺はショートホープを1本抜き出して紫煙を吸い込んだ。
こうして見ると、随分やらかしたもんだ。
朝、畑に入った地主さんはさぞ驚いたろう。
胸の奥がきりりと痛んだ。

マタさんが農協の職員を連れて現場に現れた。
地主さんは分かったが、連絡がつかないという。
部長とその部下は、農協職員に被害額について相場などを聞き出していた。
俺とマタさんは少し離れたところへ移動した。
ここから先の話には入らない方がいいだろう。
お互い、そう感じたからだ。
千切れたパイナップルの新株を拾い上げ歩いた。
「四駆を過信しすぎたかなぁ」
マタさんは改めて悔やんだ。
「いや、そもそもの原因は俺だから!それに、マタさんやテツには本当に感謝しているんだ!」
俺は慰めるつもりで言ったわけじゃない。本心からだった。
二人は自然と最初にスタックした場所に来ていた。
ここでこうなった、次にこうした。
ああすれば、こうすれば、と話すうちマタさんは「なんでわざわざ新株の方をやっちゃったかねぇ〜」と笑い出した。
農道を挟んだ反対側は収穫も済んでいて、あとは土を返すだけだったのだ。
俺もつられて笑っていた。


農道の奥の方から、年代物のトヨタのトラックがやって来るのに気づいた。ゴトゴト、ゴトゴトと老人の歩みのように見えた。

いっそう強くなった西日を浴びて、オジイとオバアが降りてきた。
きっと他の畑にも回って来たのだろう、二人は野良着のままだった。
「今朝、畑に来てみたら、びっくりしたわよ!昨日の夕方までここで作業してたんだから」という意味のことをウチナーグチでオバアは喋りだした。
農協職員に紹介された部長らは、身繕いをして名刺を出そうとしている。
オジイは徐に「うるま」を1本咥えると美味そうに紫煙を吸い込んだ。
農協から知らされていたのだろう、事態は飲み込めたという表情に見えた。
「でもさ、うれしいさぁ」オジイは紫煙を吐き出しながら、畑のそばまで歩いてきた。
俺とマタさんは頭を下げた。
「ちゃんとこうやって正直に来てくれたことが、うれしいさぁ」
そして、畑を痛めてしまったことは今さらしょうがないことだと慰めるように言った。

「正直にやってれば、きっと兄さん方にもいいこと来るさぁ」そう言って、俺とマタさんの顔を覗いて笑った。
打ちのめされた。完全に。
オジイの言葉に、男の顔に。

マタさんが自分の集落と名字を名乗ると、
誰それの息子かと問われ、
それは親父の兄の方でと、話はどんどん繋がっていった。
俺はそばで聞いているだけで言葉のほとんどは分からないが、
ただ、オジイが島の若者とだんだん打ち解けていく様子に、なんだか嬉しくなってきていた。
マタさんが、自分は畜産をやってるが、小さい畑でパイナップルもやっているとオジイに話すと、肥料の割合や土の作り方などは品種によって変えろ、とオジイはうれしそうに喋りだした。
そして、目の前に広がるパイナップル畑を指して
「これは俺の作品で、俺はアーティストだと思ってる」
と驚くほど静かに言い切った。
重い言葉だ。

「君もパイナップルやってるなら分かるだろう」
畑の端から端まで、畝を整え葉ぶりを揃える。
手前の1列も真ん中も同じ。角の1株まで綺麗に実を付けさせる。
来年の収穫をイメージしながら畑をやるのは、芸術と同じだ、と。
畑は自然が与えてくれる芸術作品。
自然に対して正直に生きよ。
そうオジイは言いたかったのかも知れないと思った。

その頬には亜熱帯の土の照り返しを受けてできた、深い皺が彫り込まれていた。
赤銅色に灼けた横顔が誇らく見えた。
ハルサー(畑人)のオジイはポケットから「うるま」を取り出すと無造作に火を着けた。
咥えたまま暫く紫煙を吸い込むと、顎のあたりを少し撫でた。
灰色がかった瞳は、遠くパイナップル畑を見つめている。
芸術家の強い魂(マブヤー)が、その瞳の中で煌めいているのを俺は傍で感じていた。
夏の夕陽はまだまだ染まらない。
だが、強い西日だけが赤土の一帯を赤く赤く照りだしていた。






Posted by ほんかー at 03:39│Comments(12)
この記事へのコメント
今回の話も、実にいい。
これまでの活劇篇から一転して、深さが出てきた。
水平から垂直。
島の男たち、人間群像篇とでも言おうか、
徹夜して仔牛を生ませたテツと、
「どなん」を喫うハルサーオジイ、
マタさんと福岡から飛んできた現場叩き上げの部長と、
登場人物の配役も、いい遠近感で描かれている。

実際、現場では大変だったと思う。
暗闇のなかの出来事がこれだけ拡大されてしまったのだから、
気が気ではない。
パイナップル畑を水田に置き換えてみると少し自分にも分かる。
「どなん」オジイにとって畑は芸術、自分の子供なのだ。
それが一夜のうちに荒らされてしまった。
昨日まで手塩に掛けていた作品、
まさに青天の霹靂だっただろう。

「でもさ、うれしいさぁ」と言葉はなかなか言えるものではない。
寛容、と言ってしまうのは簡単である。
だが、この言葉をこちらが出してはいけない。

パイナップルは出荷単価が低い果樹である。
その割に生産単価、作付面積がかかる。
土づくりも手間が掛かるし、水の問題、
それに、流出土を抑える作業も大変だ。
本当にそれはアートであると思う。
遠くのパイン畑を見るオジイのマブヤーがひりひりと実感できる。
それは畑人の持つ土地への深い思いであり、
一種の信仰だと言い換えてもいい。

これが海人であったなら、その接触感覚は相当違う。
いずれ海人との邂逅もあることだろう。

いやぁ、いいところへ行ったもんだ。羨ましい。
Posted by 座長 at 2010年09月28日 09:16
>座長
ご愛読ありがとうございます。
身に余る解説まで頂き、感謝の言葉も見当たりません。

前編から始まり、中編、後編とたった1日の出来事をただ纏めきれないまま来てしまったという思いです。
この終章にあたっては、ハルサーのオジイの言葉に打ちのめされた気持ちを何とか伝えたい、いや、忘れたくないという思いで書き上げました。
使い込まれた道具は美しい。
人間に置き換えるのも変かも知れないけど、人もまた、そのような顔になっていくのだなぁと思えてなりません。

座長仰せの通り、これから先この八重山で、どんな「男たち」と出会えるか?
自身楽しみでもあります。
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月28日 12:10
彼の国のハルサーも悠久の大地を、
石垣の島人と同じように
生きているはずなのだがなぁ・・・。

島人にとっては、
日本や沖縄という行政単位など、
やっかいなだけで、
自分が島で生きていくことにおいては、
ほとんど関係ないかもしれない。

きっとかつては中国、台湾を含めて、
海人どうしの交流があったのだろうな。

島で生きることは、
人として、常にその信義が問われる。
がんばれ、新島民。
Posted by fatfat at 2010年09月28日 15:32
〜終章になってから全然ちゃうやんか。
一気に話が深くなってちょっとグッときた。

「農道の奥の方から、年代物のトヨタのトラックがやって来るのに気づいた。ゴトゴト、ゴトゴトと老人の歩みのように見えた。」

イイ!
Posted by RS at 2010年09月28日 16:19
>fat師
貴殿の憤りは感じているつもりです。
「気が付いたら、石垣島とかは中国になってたりするんじゃない?」とメールなどで「ご心配」頂いたりするのですが、「中央」にとっては尻尾の先っちょみたいなものでしょうか?

「日本最南端の国立公園」は是非、日本国民の手で守って欲しいものです。意識としてね。
かけがえのない自然って、壊すのも人間だけど、守れるのは人と人だよね。

畑人(ハルサー)や海人(ウミンチュ)が言伝えてるはずさァ!
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月28日 23:50
>RS殿
10月来島の折には、勿論、ダイビングもタップリやるとして!
ちょうど「第2次シロアゴガエル調査」も始まってると思うし、ちょいと冒険ごっこでもしてみますか?ダムの下の方とか(笑)
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月28日 23:58
読み応えあった!なんてもんじゃない、かなり、かなりきました!
オジイ、すごい!!!
オジイの大きな心にほんかーさんの正直な心根が届いたんだと思う。

映像を極めている人っていいなぁ。
もどかしくて書けないことが多々あるので。
それと、これだけの経験をして、すぐに表現できるのが羨ましいです。
私は「何か感じた」と塊はわかっても、それが何なのか自分の中で形にするのに時間がかかりすぎるの。どう表現しようかこれまた悩む。素直に表現できるっていいな~。
ほんかーさんは感性が鋭くて(でも柔らかくて)豊かなんやろうね。
タイトルがテーマそのものだったんだ~!しかも深かった!と最後でびっくり箱的なものもあって面白かったです。

ほんかーさんに石垣島が加わったら、石垣島にほんかーさんが加わったら、どうなるんでしょ~~。楽しみ~!

日常のなにげないスケッチ風の日記も楽しみです。
Posted by shige at 2010年09月29日 01:06
ちゃんとした作家の短編を読んだ気分です。
読み終わったあと、「あれ?今の文章、金ちゃんやんなあ?」てな感じ。
文才のある人はホンマに羨ましい。
ってか撮影もやんか!
これでSAX上手かったら聖徳太子やでしかし(爆)
Posted by 石田 at 2010年09月29日 03:13
>shigeさん
アリガトーです!(^_^ゞ
終章はデイシーンで終わりたかったんです。
養分のたっぷり詰まった赤土の色が描けたらなぁと。
映像的に感じてもらえたようで、ウレシイです!
今、調査中に撮った写真を整理してて、次号予定「島の生き物たち」の準備中です。お楽しみに(o^_^o)

「日無坂」の文庫版校正、頑張ってくださいねェ!
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月29日 15:17
>石田家
主に旦那、うれしいコメントおおきにです!
それにしても、旦那のコメント、いつも好きですわぁ(笑)
これでSAX上手かったら、て、
そやったらSAXでメシ食うてるっちゅうねん、いやしかし正味の話が(爆)

音頭シーズンは、いっぷくされてるんでしょうか?
ふと、助六寿司が食べたなりました。
Posted by ほんかーほんかー at 2010年09月29日 15:50
ところで、分からないことがひとつ。

「どなん」という煙草があるの、沖縄に?
「うるま」「ハイトーン」「バイオレット」は知っているけど、「どなん」というのは知らんかった。

ショートホープの値上げ率は、えらい高いなあ。
Posted by 座長 at 2010年10月02日 01:31
>座長
ホンマでんな。
「うるま」が正解です。訂正しました。
泡盛が頭から離れんかったんでしょう(笑)
煙草。
ショートホープが吸えるうちは止める気なしなんやけど・・・(^_^ゞ
Posted by ほんかーほんかー at 2010年10月02日 11:55
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