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2010年10月20日

サシバを見にいく 後篇

サシバは里山などで見かけることができる鷹の仲間だ。

春から夏、全国の里山などで過ごしたサシバは、秋になると次第に南へ南へと移動をし始める。
途中、仲間たちと合流して徐々にその数を増やす。
宮古島や西表島が日本での最後の休息地だと言われているが、その頃には何百何千という大規模な「渡り」となるのだ。
例年だと10月10日あたりからその姿が見られるというが、
今年、本州では記録的な猛暑続きだった。
サシバたちの渡りに影響はないのだろうか。


『サキシマシオウノキ』の船着場から少し下流に戻ると、
中流船着場がある。
ここからは林道を歩きながらの『森の観察会』となる。
船着場からは階段状に整備された山道を登る。
船を降りる時からチームごとにスタートしているので、渋滞なく歩けた。それにしても、子供たちは元気に駆け上って行く。

20分ほどで登りきると仲間川展望台に出た。
ここは、西表島横断コースの林道でもある。
西表島の中央を横断するにはジャングルの中の登山道を歩くしかない。
島の西部・浦内川から、東部・大富集落までの20kmのハードなトレッキングコースだけど、いつかやってやろうと思っている。

テラス状の展望台は、文字通り見晴らしの効くビューポイントだ。
眼下に広がる緑のマングローブ林。
蛇行しながら銀色に輝く仲間川が、亜熱帯の景観を印象づける。
マクロの景観をここから眺める限り、台風の傷痕など微塵も感じさせない。
自然の大きさをここでもまた思い知るのだ。
仲間川を下流に辿ってゆくと、その先は何処までも青く美しい海が広がっている。
石垣島と西表島に跨がる石西礁湖だ。
日本最南端最西端の国立公園が眼前にひろがる。


「サシバが来た!」
その声に振り返り、山の稜線あたりを探る。
PVリーダーである理科の先生が、双眼鏡で覗きながら位置を示してくれる。
10羽のサシバが稜線よりかなり上空で滑空するのを見つけた。
「翼をV字にして飛ぶカンムリワシに比べ、サシバはグライダーのように水平に翼を伸ばして滑るように飛ぶ」と先生が解説してくれる。
参加者からも溜息と感嘆の拍手が沸き起こった。
遠く小さな黒い点にしか見えないが、悠然と滑空するサシバの一団に出会えた。
遥か本州から旅をして今日、西表島に辿り着いたのだ。
西表島には彼らの好むカエルやトカゲは、ふんだんにいる。
夕方にはまた別のサシバ旅団が見れるかも知れない。



展望台からは、参加者をチームごとに車で運び上げる。
つまり、林道を下山する形で歩いてもらおうというわけだ。
1週間前の事前調査でルート決めをした時に、参加者の年齢や体力、天候など考慮した結果、登りルートよりも安全でタイムキープしやすい下山しながらの観察ルートに決まったのだ。

林道のあずまや。
ここがスタート地点となる。
通常ここまで車で上がることはできない。
九州森林管理局から許可をとって『サシバの森の観察会』のためにゲートを開けてもらっているのだ。
ちょうど尾根道にあたる所で、視界も広く雲が割れて陽が差すようになって来た。
参加者とPV(パークボランティア)3チーム全員が、あずまやに揃う。
ここで充分な水分補給を促し、理科の先生をリーダーとする我ら「サシバ」チームはラストのスタートだ。

たいした登りもせず、下山だけするようで申し訳ないような変な気分に捕われたが、これはこれでいいのだ。今回は。


道幅のある林道の下りは、子供たちの格好の遊び場となった。
駆け下りるものや、トカゲを捕まえて来るもの、こういった所では子供たちは自然と遊び方を見つけてくるもんだ。
トカゲや昆虫は実際手に取って観察する。
弱ってきたらその場でリリース。
草花も摘み取らず、手に触れたり匂いを嗅ぐだけ。
持ち帰らないというのがルールだ。

平坦な道になると一層セミの声が賑やかになる。
体の割に声のデカイのはイワサキゼミだ。
正月でも鳴いているというから、年中いるんだろう。
明らかに本土とは違う、亜熱帯のジャングルだ。
子供用の傘ぐらいに葉を広げたクワズイモや、背の高いヒカゲヘゴ。その幹にへばりつくオオタニワタリなど、歩きながら見るというのはいいもんだ。
植物園の観葉植物を見て廻るのとは訳が違う。
日向を好むもの、日陰で低く広く自生するもの、ありのままの姿を感じ取ることができるのだ。

陽の当たる斜面に、シダ類に囲まれたコウトウシランがその優雅な草姿を覗かせている。
シダの緑の中で、蘭の艶やかな紫が美しい。
「こういった観察会は人の眼が増えるのがいい。気づかずに通り過ぎる所でも誰かが色んなものを発見してくれる」
PVリーダーの理科の先生が嬉しそうに笑う。

コウトウシランの花の下には咲き終えた花茎が幾つもぶら下がっていて、その房を指先で揺すってやると、白くて細かなパウダー状の種子が胞子のように飛び散った。
「これが花になるまで何年もかかるんですよ」
愛でるように理科の先生が教えてくれた。

チームごとに時間をずらせて出発したはずだったのに、観察に夢中になって立ち止まったり見入ったりしてしまってるうちに、いつの間にか3チーム合同というか、気が付けば全員で歩きながら観察するようになっていた。
樹々の隙間から陽が差すと、まだまだ夏が続いているのだなぁと思ってしまう。

1時間かけて、ゆっくりと下るルートも結局30分押して仲間川展望台まで戻って来た。
ここからはまた班ごとに、車で大富集落の休憩所までピストン輸送する。
17時20分の離島連絡船に乗れないと、今日中に石垣島まで帰れない。時間はあるようで余りない。
石垣からの参加者から順にどんどん車に乗り込んでもらった。

大富展望台は高床の構造になっていて、360度見渡すことができる。
外付けのコンクリート階段と本体の円筒形の建物が微妙にズレて建ってるように見え、「大富のピサの斜塔」なんてことも言われている。
ここから大原港までは車で10分もあれば大丈夫だろう。
時間の許す限り、ここからの景色をただ眺めていたいと思った。
サシバの群れに出会えれば良いのだが。




急な訃報に、居ても立っても居られなかった僕は大阪へ飛んだ。
ヤツが? まさか?
辛い病気と半年間闘っていた。
ヤツのいる病院で「石垣島に移住する」と話した時も心配しながらも喜んでいてくれた。
僕が石垣に引越して、1ヶ月ほど経った頃「退院した」と聞いて安心していたのに。
こんな形で再会するとは思わなかった。したくなかった。
ヤツと僕とは同い年だった。
見送りに大勢集まったのも、ほぼ同世代の人が多かった。
若過ぎる死だ。あまりにも酷い。
そして僕は、このことで色んな事を考えさせられた日となった。

ヤツとよく飲んだ馴染みのバーに仲間たちが集まった。
僕たち同様、ヤツとは長い付き合いのマスターと共に、僕たちの「見送り方」をした。

「お酒と音楽が大好きな主人でした」
この事だけは、しっかり最後に伝えないといけない。
葬儀会館で振絞るように挨拶した奥さんだった。

僕たちは満たされたグラスを天に突き上げ、一気に酒精を流し込んだ。灼けたものが喉の奥底にへばりついたようだった。
仲間のひとりが詩を作り、朗読した。
バーカウンターでそれを聴きながら銘々がヤツを憶い、詩に込められた言葉をヤツに照らし合わせるように頷いた。
哭くのは今夜だけだと決めた。
満面の笑顔でギターを弾くヤツの写真の前には、バーボンのオンザロックが置かれていた。



仲間川上流の山に、黒い雲が覆いだしていた。
湿った重い空気が運ばれ、辺りの彩度は失われていくようだった。
今日はもうサシバの渡りは見れないかも知れないな。
だとしても、石垣に移り住んだ僕には、また来年再来年と見ることもできるだろう。
今日一日で、森の樹を観て草花や生き物たちのことを少しだけれど、知ることができた。自然が教えてくれることも五感を通して、ほんの少し感じ取れるようになれたのだと思う。
このようにして僕はこれからも島で生きてゆくのだろう。
まだまだ色んな人と出会いながら。

先に逝ってしまった友に、ようやく「サヨナラ」を告げることができた気がした。

黒い雨雲はこの展望台を避けるように逸れて、
向かっては来なかった。
海の方に長い虹が架かっていた。



(了)

サシバを見にいく 後篇



Posted by ほんかー at 01:27│Comments(0)
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